彼はモナリザの微笑

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「僕も有川さん好きなんですよ。」 桜はまだ蕾の季節。君はそう、言うかな。 18で弔われた筈の感情は、胸の奥深くで私に黙って生存していたらしい。 ぶへっ!と歪な欠伸をし、よいしょ、と乙女チックに起き上がる。 胸から食道をずんずん上がり、薄い唇に到達した淡くも激しい感情は、下唇が丁寧に吸い込んだ。 今日、今この瞬間の、私はモナリザ。 可愛くないけど、淑女のように、心には穏やかな川が流れますように。 「2000円お預かりします。」 有川浩の文庫本3冊。君が好きってレジで話してるとこ、昨日聞いたから。 「180円のお返しです。ありがとうございました。」 「え、…。」 18の、3月9日、14時半過ぎ。雲一つない、青空と、小さな校舎。 毎日少しずつ増えてった茶色い土だらけのブレザーを目で追いかけながら、震える両手でぎゅっと握り潰した恋心。 現実に桜が咲いたこと、枯れたこと、1度だってない。 知ってたのにな。満開の桜は、本の中の世界だけってこと。 下唇の膨らむ想いを、猛スピードで急降下させ、胸の奥の奥に流れ込ませる。もう出てくんな、と、ガチャリと固く、鍵を閉めて。 ウイィーーーン 自動扉が開く。今日も雲一つない、青空と、大きな駐車場。 家でゆっくりミルクティーでも飲みながら、満開の桜を観たらいいじゃない。 (ねえ。まだ眠りたくないケド。) 「……。」 (ねえねえ。ヤダ。) 「…どうせ、悲しくなるだけだから。」 (えぇー!また眠るのぉ?ねえねえねえねえ─) 「うっさい黙れっ!!!!!」 ………。 ピシャンと時間が止まった店内。 恐々振り返ると、君はじっと、私を見つめてた。 ふっと静かに笑う君。 恥ずかしいのに、目をそらせられない。 何考えてるかわかんないな、その笑顔。 もしかして私の気持ち全部、お見通し? 私を惹き付ける君は、18の私を呼び覚ます魔法使いか、悪魔か、それとも? 「…私、ホントは伊坂さん派なんです。」 静まり返った本屋でも、口パク並みの小さな声は、届いてないだろうな。 窓の外の青空と、古びた本屋と、謎な君。 ──きっと君は、『ソメイヨシノ』のモナリザ。 ステキだよ。だけどもっと、綻んだ顔が、見てみたい。
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