親子丼

3/3
前へ
/3ページ
次へ
手を合わせ、天に祈る。席に座らせていただきありがとうございます。親子丼にありつかせていただきありがとうございます。割り箸を手に取り、いざ、親子丼入刀。ふわとろな卵の海が二つに割れ、出汁が染みたご飯に流れ込む。卵とご飯を両方味わえるようにうまく箸に乗せる。目の前の親子丼に興奮しすぎてうまく箸に乗らない。ならば、と添えられた蓮華に持ち替え、二層のハーモニーをすくう。熱そうに放たれる湯気を吹き消し口に運べば、想像以上に出汁の味が染みたご飯と、こちらも出汁の味がする卵。熱すぎて口の中を火傷しそうになったが、水を軽く口に含み急死に一生を得た。店主の老婆によって作られたこの神の創作物とも言えよう代物は人間の食べ物でいいのかと疑ってしまった。 「お客さん」 「…うま」 「ちょっと、お客さん、ここ、立ち読み禁止だから」 「…へっ?」 ハタキでパタパタされ、現実に戻る。周りを観ると目に入るのはこじんまりとした定食屋の内装ではなく、所狭しと並べられたら本、本、本。 「アンタさ、毎日ここに来て料理本読んでるけどさ、ここは本屋なの。本を買わない人は図書館にでも行ってな」 「す、すみません」 足元に置いたトートバッグを肩にかけ急いで立ち去る。そろそろ出禁になりそうな勢いだ。 また悪い癖が出た。 営業に疲れた時の私の癒しは、本屋で料理本を立ち読みして、ただただ食べる妄想をすることだ。妄想だからどれほど美味しいかなんて自分で決められる。だから実際に食べるよりも美味しく感じられる。 親子丼の妄想を糧に、午後も頑張らねば。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加