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普段、僕は読書なんて全くしないけれど。
彼女が生前に大切にしていた本を、世界を、この目で見てみたかった。
ぱらり、とページをめくる。
彼女の前の席に座っていた僕の耳元まで、風がこの音を届けてきてくれたっけ。
懐かしくて、ふと後ろに彼女の存在を感じてしまう。
彼女が読んでいた本は、短編小説を集めたオムニバスだった。
遠い星に住む、星描きの少年の物語…
海に沈んだ都で、数百年の時を超えて再会する兄妹の物語…
亡き娘が、花嫁姿で父親の乗る地下鉄に現れる物語……
どれも現実離れしているファンタジー小説で。
これが彼女が大切にしていた世界なんだ、と僕は納得した。
温かくて、切なくて、愛が溢れる短編小説の数々。
それが、彼女が片時も手放さなかった本の中身だった。
「えっ、」
僕は、はたとページをめくる手を止めた。
最終章の短編小説が、ページごと抜け落ちている。
あの時に破られたものだ、と僕は背徳感から唇をぐっと噛み締めた。
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