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「見えない敵」は透明人間が遊ぶように、一瞬をついて、裏返す。平積みならともかく、棚に背表紙でなく黄みがかったページ側が晒されていたのを見たときは、体育会系思考の虎谷ですら羞恥と憤りを感じていた。
(有河さんに、感情移入できちゃった感じ……)
まるで自身の肌を晒されているような羞じらいを覚えると、低く有河が呟いたのを、虎谷は反芻する。
(俺にゃ、本棚全部ミルフィーユに見えてたけども)
そう漏らすと、有河の尖った肘が脇腹を小突いてきたのも、くすぐったい感覚とともによみがえった。
(ああ、俺っ……犯人わかんなきゃいいとか、思ってるし)
基本的に感情を露にしないどころか、人間にまったく興味を示さない有河。彼女が不思議な事件の犯人との疑いを万人に向けているのが、奇跡に見えてならない。
書棚を整えながら、つらつらと、虎谷は思う。
(犯人に疑われてるとしたって、有河さんの目が向いてるだけでも)
震えるほど嬉しいから、末期的だ。細身で人形めいた容貌で、感情を乱さない有河に、虎谷は一瞬で恋に落ちている。
中学の部活を卒業し、やることもなくて時間だけは無限にあると思えた春休みに、虎谷は有河と出会っていた。
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