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ぷらぷら商店街を歩いていた昼頃、虎谷は風に吹き飛ばされた。風とは、駆ける有河で。細身の女性に吹き飛ばされるなど、サッカー部出身の虎谷には、予想外過ぎであった。風は叫ぶ。
「書籍の窃盗だ! 身柄確保を希望する!」
「要するに、本の万引きっすね!」
「万引きなどと気安く表現するな、窃盗だ」
地頭が悪くない虎谷はすべてを理解し、敢然と万引き犯(その風いわく、窃盗犯)を追いかけた。サッカー部出身者の脚力にものをいわせ、あっという間に犯人を取り押さえ、風に笑顔を向ける。
「確保したっすよ!」
「感謝する」
眼光鋭い風は、おもむろに頷き、ようやく現れた警官へ促した。警官も嬉しそうに従い、犯人は逮捕されたのである。
そんな出会いだが、有河は虎谷に特別な感情を抱くことはなく、むしろ背景である他人たちの、さらに後ろに押しやられたのだと、のちに自覚してすらいる。
(別の意味でトクベツ、だからいいや)
使える同僚ポジが、今は心地よい。
これから少しずつ距離を詰めるため、虎谷はこんな不思議な事件を歓迎している。その不埒な喜びがバレないよう、虎谷は有河の前では努めて無駄に明るくふるまう。
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