暗闇坂で逢ってた

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 出会ってから三週間が過ぎた土曜日に、俺は26歳になり、そ していつものように週末のデートに出かけた。この数週間は心 地良い時間に俺は包まれ、気分的にも悪いものじゃあなかった。 彼女と付き合っているという満足感は逢う度に増したし、ほん の少し前までの仕事や生活、人生に対しての寂寥感は25歳と共 にどこかへ消えちまったみたいだった。  足取りはそそくさと、時速5キロ程度。予定より少し早く、 俺は坂の下に着いた。彼女はまだ来ていない。手持ちぶさたの 俺は腕時計を7秒ごとに見て待った。 3月も下旬だったが、季節はまだ寒く、薄い灰色の雲が時折り 太陽を隠してみせた。 ここから少し歩くとJR大森駅になる。待ち合わせの坂の下か らは通行の激しい車道と、メタリックにブルーのラインが入っ た京浜東北線が行ったり来たりするのが見える。それが何度か 目の前を横切ったとき、約束より5分遅れで涼子がやって来た。 「ごめんね」と、薄いピンクの唇でそれだけ言った。 「いいさ」 俺も一言だけそう言って歩き出した。 先週のデートの時も、彼女は10分遅れてきた。その時も『ごめ んね』とだけ。言い訳をするでもなく、ポツンと『ごめんね』 だけだった。女は時間をたくさん使うものだと俺は思っていた から、さほど嫌気な事ではなかった。それに彼女が何時間遅れ ようが、何年遅れようが構わない。ただ来てさえくれればそれ だけでいいと思った。本当にそう思ってた。 俺達は電車に乗 り込み、銀座に行った。《プランタン》へ行き、買わない買い 物をし、その後で映画を見た。ヒューマンな内容だったが、た いしたものじゃなかった。それからカフェ・バーへ行ってカク テルを四杯ずつ飲んだ。その後で夢のある城へ入り、お互いの 身体をぶつけ合った。時間を楽しみ、そして共有した。世の中 を尻目に、愛の証しと称して、何度も確かめ合った。明日のた めに、明日の前に、明日を忘れて… 「誕生日おめでとう」と、 俺の肩に顔を寄せて涼子が言った。 「もう嬉しくないよ、昔みたいに…」 俺は言った。
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