暗闇坂で逢ってた

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      2  トキメク気持ちってモノはそう長続きはしないものなのだろ うか? 彼女と逢うのが数十回をこした頃になると、幾分馴れ合いムー ドに包まれ始めた。特に彼女の方がそれらしかった。原因は何 だろう?他の恋人達もそういう時期があるのだろうか。俺は女 性と付き合うって事を今までしたことが無かったから、よく分 からなかった。毎日逢うというのもよくないのだろう。しかし 俺にとってそれは一日のうちで一番好きな時間、最良のスペー スだったし、やめにしたくはなかった。 「明日は逢えないの」 「そう」 「友達が…兵庫から出て来るの。今、電話があって」 「そうか」 「ごめんね」 また『ごめんね』だ。 「いいよ、別に」 坂で別れた後の、電話でのやりとりだ。 電話を切ってからキャンディーをひとつ口に入れた。あまり酸 っぱくないヨーグルト風味の粒だ。俺は煙草を吸わない。いや、 吸えなかった。学生の頃、興味本位で吸ったがろくなものじゃ なかった。気分が悪くなり、食欲をなくさせた。後味の悪い、 まずい煙だけが俺の口の中を散歩したに過ぎなかった。たぶん 相性がよくなかったのだろう。それ以来一度もくわえたり、火 をつけたりしたことがない。涼子と付き合い始めた頃にその話 をしたっけ…。次の日に逢った時、彼女は洒落た小さな缶をく れた。 「中にキャンディーが入ってるの。うちのそばのケーキ屋さん でねバラで売ってるの。20種類くらいあって、私の好きなのは この7種類なんだけど…」 そう言って缶のフタを開けてみせた。中には包み紙もお洒落な 飴がたくさん詰まっていた。「一番好きなのはこれッ」 マニキュアの指で、ひとつつまんだ。 『ミルク・ロード』 「マスターが名前も自分で考えるんだって言ってたよ」 「へぇ~。シルク・ロードにひっかけてるのかな? これ」 俺はそれを口の中にほうり込んだ。 「おいしいでしょ?」 無邪気な顔で問う。 「ああー、そうだね。あんまり甘くないしな」 彼女もひとつ口の中へ入れた。 時折り涼子は素晴らしい表情をつくる。この時もそうだ。例え ようもない美声と、ふりまく清涼さに俺は覚醒されてばかりい た。このまま世界が終わったってかまわない。一緒に居られる なら…そう思えるくらいに。
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