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空が暗くなり、夜が始まった。車はライトを点けだし、様々
のビルのネオン・サインが煌めき始めた。pm7時を過ぎた。が、
涼子は来ない。誰も来やしない。視界も悪くなってきた。坂は
いっそう闇を増し、待ちぼうけの俺をカラカラと冷笑するばか
りだ。これ以上ここには居られない。俺は歩き出し、明るい駅
の方へ歩いて行った。
涼子は久ヶ原でアパートを借りて独りで暮らしてる。電話じ
ゃだめだ。直接逢って話がしたい。今日中に涼子に逢わなけれ
ば、俺には明日が来ないような気がした。だからJRで蒲田へ
行き、池上線に乗り換えて久ヶ原の駅で降りた。
よっぽどの事がない限り、歩いて7分弱で涼子のアパートにた
どり着ける。俺は途中、自販機で500mlのラガービールを買
い、それを飲みながら歩いた。酔わなきゃ言えない事がある。
酒の力を借りるなんて…と言うかも知れないが、酔ってなきゃ
聞けない事があるんだ。自己嫌悪に陥る前に、俺はしなやかに
酔っ払おうとした。
シティーハイツ《プリメール》は白いレンガの気取ったアパ
ートだ。中に入るには目的の部屋番号を入口で押して、そこで
相手にフロアのドアを開けてもらわなくてはならない。嫌われ
ていたらだめと言うわけだ。だが絶対に入れない事はない。他
の誰かが開けた時になだれ込めばいい。5、0、4とプッシュ
して、俺は涼子の返事を待った。
「はい」
「俺ッ、結城だけど…」
「…入ってきて」
硬質ガラスのドアが音を立ててスライドした。俺はエレベータ
ーに乗り、上昇した。
「開いてるから入ってきて」
インターホンから涼子の声がし、扉を開けると微かにいい香り
がした。
俺は今、変に緊張をしている。付き合って久しい女なのに、こ
の部屋へ来るのだって初めてじゃないのに…。なんとも言えな
い妙な気分だった。
「食事は? もうしたの」
キッチン、後ろ向き、彼女が言った。
「いや、まだだよ」
「じゃあ食べていってよ」
何か作っている。匂いからして肉料理だとわかった。
「腹は減ってない」
俺は涼子に近づき腰に手をまわし、後ろから抱きしめた。
「酔ってるの?」
動作が少し止まり、コンロの火力を弱め、か細い声でそう言っ
た。
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