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案の定、彼女は毎日屋上にやって来た。
二人分の飯を嬉しそうに抱えて。
日毎明るい表情を見せる彼女に内心安堵し、俺自身も楽しみになっていたのは事実だ。
真路花からは、俺の周りに寄ってくるような他の女とは違う匂いがした。
どぎつい香水ではなく、生活を感じさせる匂いだ。
きちんと生きている人間の匂い。
それは俺にとってはすごく新鮮で、心地好くもあった。
言わずもがな、飯はどれを食っても美味く、今まで摂っていなかった栄養がまとめて全身に行き渡っていくようだった。
今だから言えるが、かなり体調もよくなった。
それだけじゃない、曲もどんどん湧いてくるように作れたし、心なしか声の出もよくなり、納得のいく歌も歌えた。
そんな俺の変化に目ざとく気づいたメンバー達に、「女が出来たのか」とからかわれたりもした。
日が暮れると屋上へ向かう。
それはあの頃の俺の、唯一の心の拠り所になっていたんだと、今なら素直に思える。
______「改めて言いますけど!私、命を粗末にするようなバカじゃないんで!」
ある日のことだった。
シートの上に弁当を全て並べ終えたあと、彼女が唐突に言った。
俺が言ったことを、相当根に持っているのか。
嘘だったなんて今更言うのもかったるく、俺は黙って弁当を食べ始めた。
「おばあちゃんが言ってた。生きることは、背負うことだって」
胡散臭い宗教家が言いそうなことを宣い、思わず喉を詰まらせそうになる。
しかし本人はクソ真面目な顔をしてるし、どこか様子がいつもと違うようにも見えた。
詰まらせていたものをお茶で流し込むと、俺は食うのをやめた。
「……生きていくんです。死にたいくらい辛くても、寂しくても」
立派なことを言っている割に、顔はひどく辛そうに歪んで、その澄んだ目からは朝露のように美しい涙が溢れていた。
……コイツの泣き顔は、変に壮観だ。
はっきり言ってそこまで整った顔立ちをしているわけでもないのに、目が離せない、全身が強張って動かなくなるくらいに、美しい。
泣いてる女を放置して、何見とれてんだ。
しかし何故泣いているのか、俺には見当もつかなかったし、聞くなんて論外だ。
拭くもんもないし。
途方に暮れた俺は、黙ってフェンスにもたれかかると、月を仰いだ。
望み通り、歌ってやることにしたのだ。
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