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 僕と由紀が出会ったのは母親が原因だった。母がパートとして働いていたのがこの千葉書店だったのだ。もともとあまり、本を読むほうではなかった僕だったが母が本屋で働くようになってから千葉書店には何度となく通う事になった。  父親を小さいころに亡くしている僕はよく学校帰りに母の仕事場である千葉書店によってから帰ると言うことが多かった。千葉家には小さいころお世話になっているという自覚があるし千葉の親父さんやおばさんには感謝している。    そんな事情もあって由紀とは子供のころから顔を合わせていた。顔を合わせていたけれども仲が良かったというわけではなかった。僕はいつだって外で遊んだり運動をしたりする子供だったし、彼女は家の中で本を読んでいることが多かった。由紀の事は好きでも嫌いでもなかった。お世話になっている家にいる顔見知りといった感じだった。  由紀と話をするようになったのは僕が本を積極的に読むようになってからだ。本を読むようになったきっかけは母がたまたま買ってきたシャーロックホームズの本だった。本を読んでいる暇もないぐらい忙しそうにしていた母だったが、若いころはミステリーを読むのが好きだったらしい。 「つい、懐かしくてね。ワゴンセールしてたから買っちゃったのよ」  結局母は忙しくて買ってきた本を読んでいる暇はなかった。ワゴンセールで売っていたものだったから9巻という中途半端な巻数だった。テーブルの上に置き去りにされていた「プライオリ学園」と書かれたその本を僕はなんとなく手に取った。本が読みたかったわけではない。夜、母の帰りを待っている間暇だったからページをめくってみただけだ。  僕はその本に引き込まれた。鮮やかに展開するホームズの語り。ホームズにかかればすべての事がまるで紐解かれるように言い当てられていく。全てを見通しているような語り口。その優雅で余裕のある話し方がもの凄く恰好よかった。本をろくに読んだことのない僕が気が付けば最後まで読み切っていた。その時、僕は初めて本を読む楽しみを知ったのだった。  今思えば、あの本はホームズの本の中でも読みやすくまとめられているものであり、小学生向けの本だった。きっと母は初めから僕に読ませる為に買ってきたのだろう。  
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