リビングデッド

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 立ち上がる。椅子が床を引き摺る。 そっと、彼の首に手を伸ばす。 触れてしまって、はじめて理解する。 「死んでいる」 そう思い込んで、ならば、何をしたって許される筈なのだ。 ぐっと、手に力を込める。 ギリギリと、くぐもった音がする。 どうしようもない、 高揚感。 なんだ、 こんなに簡単なことだった。 それはそうだ、 相手は無抵抗、 死んでいるのだから。 手が白くなるほど力を込めると、 真ん中に固さを感じた。 これだ、 これを壊せばいいのだ、 と 理解する。 ピクリともしない、 彼。 当たり前だ。 死んで いるのだから。 あぁ、 あぁ、 もう少し、 もう少しだ。 そう思うと、 興奮が、 おさまらない。 手足にうまく力が入らない。 それを壊すため、 ありったけの力を込める。 顔が真っ赤に、 なっているかもしれない、 それほどまでに力を入れても なかなか、 それは、 壊れない。 壊れない。 壊れない。 なんでだよ、 壊れろ。 壊れろ。 壊れろ。 あぁ、 腹立たしい。 壊れろ。 壊れろ。 壊れろ。 壊れろ。 壊れろ。 壊れろ。 せめて、 彼が、 苦しそうにしてやいないか 気になって 視線を動かし顔を見ると。 目が合った。 「五十嵐さん、面会時間過ぎましたよ」 その声で飛び上がる。 思考が追い付かない。 白い部屋。 白いベッド。 白い男。あ、担当医の。 「す、すみません……! 私、また眠って…」 「いえいえ、それはいいんですけどね。……患者さんよりもね、看ている人の方がずっとエネルギーがいるんだよ。知らない間に、疲れがたまっているのかもしれない。もう今日は早く帰ってゆっくり休みなさい。」 そういう男の声も疲れて聞こえる。 白を身に纏うからだろうか。 しかし、その声には強さがあった。 この人だけじゃない、皆。 きっと、「生きている」からだろう。 「それでも、私は…」  帰り際、彼の目が開いていないかと振り替える。 少しの変化さえなく、この部屋は今日も四角く、白いままだ。 電気を消した。 この部屋には、なにもいない。 腕時計は、止まっていた。 終わりの見えないこの日々を、 人は愛と言うのだろうか。
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