リビングデッド

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 扉を閉める。 目に映る全てが白の一室。 カーテンもベッドもデスクも、何もかもが白くて眩しい。 近くで影を作っていたイスに腰掛ける。 この部屋は白過ぎて、その空間にあるものを影で区別している様な錯覚を覚えてしまう。 …………ソラナックス、セレナール、メイラックス、レキソタン、エリスパン、リーゼ、リボトリール………… 「検温の時間です」  不意に扉が開いた。 いつも世話になっている看護師だ。 翠さん、だったか。 直接は聞けないが齢は30前後に見える。 美しい女性だ。 少し吊り上ってる目に強さを感じる。 看護師なんて仕事に従事している人間は逞しい人が多いように思う。 なろうと思わなければなれない職業だからだろうか。 「あ、おはようございます」  私は立ち上がり挨拶をする。 私の横をすり抜けて、この真四角の部屋に同化した「彼」の布団を捲る。 「朝早くからご苦労様です。五十嵐さん」  私とは目を合わせず笑いながらテキパキと彼女は仕事をする。 早起きは得意なので、と私が返す頃には彼の上着は脱がされ白い薄皮だけの肉体が露にされていた。 きっとこのまま、彼は白へと変わっていくのだろう。 そして色を失っていく。私は一体、いつまでそれを見ているつもりなのだろうか。 「いつもありがとうございます」 一先ず異常もなく彼が生きていることを確認したところで翠さんにお礼を言う。 「ふふ、お礼を言うのは私だわ。こんなにも健気な女の子を見ていたら、私ももっと頑張んなきゃって思うもの」  そんなものだろうか。 そんな、綺麗なものなのだろうか。 違う、と私は思う。 しかし、この年で女の子呼ばわりもないだろう。 一体何年、この場所に通い続けていると思っているんだ。 「いえ……私は、ただ……」 「大丈夫よ」  翠さんは私の肩にそっと手を置いた。 「あなたの気持ち、きっと伝わっているわ。私に出来ることなら、何でも言って。力になるから」  なんて、なんて残酷な言葉だろう。 イチミリも伝わっていないということを認識させて。 ただ、そうでなくては困る。 もしも私の気持ちが、この本心が伝わっていたとしたら。 そう思うとぞっとする。 「ありがとう……ございます……」  私は咄嗟に俯き、自身の髪で顔を隠した。 彼女の好意を、直視することが出来なかったから。
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