リビングデッド

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「五十嵐さん」  は、と気が付くとベッドに伏せて眠っていた。 あれだけ試したのに、こんなところで眠るだなんて馬鹿げている。 顔をあげると、彼の母がいた。 初老を迎えたばかりの彼女は、穏やかな微笑を浮かべてこちらを見ている。 「すいません、いつの間にか眠ってしまって……お久しぶりです」 「こちらこそ、起こしてしまってごめんなさい。……顔色がよくないわ、疲れているんじゃない?」  この人は、今何を思って生きているのだろう。 自分の愛する息子が、死んでいるような状態になって、その後夫を失って。 そういえば、彼の父が亡くなった時以来か、こうして顔を合わせたのは。 ……あの時も、眠ったままだった。 彼女の方こそ、随分とやつれてしまったように思う。 黒かった髪に、白色が混ざっている。 色を失いはじめている。 「この子も幸福者よね。ずっと待っていてくれている人がいて」 「どうでしょうか。彼には、私が見えていないでしょうから」  彼女が窓を開けた。 木々のざわめきが大きくなる。 流れ込んでくる風は穏やかで、心地良い筈なのに。 「そんな悲しいこと言わないで……なんて、私が言えたことじゃないわね。いつもありがとう」 「いえ……もうここにしか、私の居場所はありませんから」  どうしたって口から零れていく皮肉が、止まらない。 止められない。 彼女は寂しそうに笑って、ごめんなさいと呟いた。 きっと、誰も悪くないのに。 彼女も苦しんでいる筈なのに。 そして、彼女は部屋を出ていく。 もう、此処には来ないのかもしれない。 私がいる限り。 私が、いる限り。 貴方も、私も。 生きている様でいて、死んでいるのだ。 いつまで繰り返されるか知らない、無限に延長される時間。 この部屋の中だけが、呼吸をしていない。では何故、腐食しないのだろうか。
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