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他愛もない話。客はいない。帆奈のほかには。
かすかに、クラシック・ミュージックが流れている。
「すてきな、曲」
ため息が漏れる。
「すてきな、お店」
頭上の窓ガラスから、静かに光が降り注ぐ。
「すてきな、あたしたち」
「すてきな午後だね」
「んーん、そういうのとは、ちょっと、ちがうんだなー」
「どう、ちがう?」
「ちょっと無粋な感じがしたの」
目を閉じて、たゆたう。背中に確固たる床を感じているのに、不思議と安定感がない。
茫漠とした、ひとつの宇宙にいるみたいだ。ともすると、このまま、消えていってしまいそうな。
それは、書店という空間の、どこか非現実的な性格によるものだろう。
たくさんの物語に囲まれているせいか、ありとあらゆる境界線みたいなものが、揺らいでいる。
さて、消えるとしたら。それは自分だろうか、それとも周囲の世界──たとえば頭上のシャンデリアだろうか。
右手を握りしめる。この手のさきにある世界もまた、消えてしまうだろうか。
「先生」
目を開けた。シャンデリアは、まだそこにある。
「なに?」
「どうして、あの子を殺したの?」
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