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「三度目の質問、していい?」
「やん、積極的」
「先生」
「わかった、わかった」
帆奈は笑って、空いている左手をひらひらさせた。
「でも、いまは長期店休なんだよね? 邪魔なんて入らないことだし、そんな焦らなくても」
「じらさないで」
彼の声は、あくまで真剣だ。帆奈は、ゆるりと息を吐いた。
「いいよ。して?」
「……なんで、彼を、殺したの」
「では、答えてしんぜよう。汚れはね、漂白しないといけないの」
「それが理由?」
「ほら、見て」
帆奈が指でしめしたさきに、それはある。
「ね。どう思う?」
「……絵になるね、彼」
「そうでしょ?」
「絵画みたいだ」
「そうなのそうなの。積まれた洋書とかも、いい感じ」
帆奈は、となりの手を、キュッとにぎった。
「ということ。納得した?」
「や、ちがう。先生、質問の答えになってないよ」
「え? そう?」
「どうして」
「うん」
「どうして、彼のほうを、殺したの」
ここへきて、ようやく、彼の視線を感じた。
だからこそ、今度は彼の顔を見れなかった。右手に、彼の体温を感じている。
「……そっか。それが質問?」
「ぼくを選んでくれなかった」
「いま、となりにいるのは、きみだけど?」
「ぼくを、殺してはくれなかった」
「ああ……」
彼の手が、ふるえている。
「あたしに、殺してほしかった?」
横目で見ると、彼はシャンデリアに視線をもどしていた。
「ぼくなら」
訥々と彼は言った。
「ぼくなら、先生のありのままを見ない。先生をありのまま見る」
「そう」
「着飾ったままの先生を、愛せるよ」
「うん、うれしいな」
「人間は、自分を繕えるんだ」
ちょうど店に流れている音楽が曲の切れ間だったため、その言葉は、ひどくこだました。
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