すてきな人形

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「裸の先生にしか──カラダにしか興味がない、中身を知りたがる子どもなんて」  彼の声に抑揚はなく、極端に感情をセーブした話しかたをする。 「殺すにしたって、あまりに無価値だ。そうでしょ」 「価値、ねえ」  帆奈は、しばし考える。 「やっぱ、顔かなあ」 「顔」 「うん、顔。彼、タイプだったんだ」  帆奈は左手を持ち上げ、自分の胸の上に置いた。  そのまま、腕で乳房を押しつぶすようにして、胸骨に触れる。  自身の強度を、確かめたかった。 「あたしも、俗人だなあ。生身のあたしなんて、そんなものか」 「先生」 「なあに?」 「スカート、綺麗だよ」 「ありがとう」 「殺して、ほしかった」 「うん。ごめんね」  彼が小さく泣き出してしまったので、帆奈は反対を向いた。  この年頃の男の子というのは、そういうすがたを、あまり見られたくないものだろう。  彼が泣きやむまでのあいだ、頭のなかで、なんとなく数を数える。  一、二、三……。三という数字は、調和と不安定を内包すると言われている。  彼が泣きやんだら、どうしようか。  視線のさきに、カウンターがある。  心地よくクラシックな曲が流れ。  光のなかを、ゆるやかに塵が泳ぎ。  書棚に積まれた、あまたの物語が見下ろしてくる。  世界から切り離されたような、この世界。  かぎりなく閉じていて、どこまでも開いている。  彼女と、彼と、死者と。 「すてきな、あたしたち」  帆奈は、そっと、ささやいた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加