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「裸の先生にしか──カラダにしか興味がない、中身を知りたがる子どもなんて」
彼の声に抑揚はなく、極端に感情をセーブした話しかたをする。
「殺すにしたって、あまりに無価値だ。そうでしょ」
「価値、ねえ」
帆奈は、しばし考える。
「やっぱ、顔かなあ」
「顔」
「うん、顔。彼、タイプだったんだ」
帆奈は左手を持ち上げ、自分の胸の上に置いた。
そのまま、腕で乳房を押しつぶすようにして、胸骨に触れる。
自身の強度を、確かめたかった。
「あたしも、俗人だなあ。生身のあたしなんて、そんなものか」
「先生」
「なあに?」
「スカート、綺麗だよ」
「ありがとう」
「殺して、ほしかった」
「うん。ごめんね」
彼が小さく泣き出してしまったので、帆奈は反対を向いた。
この年頃の男の子というのは、そういうすがたを、あまり見られたくないものだろう。
彼が泣きやむまでのあいだ、頭のなかで、なんとなく数を数える。
一、二、三……。三という数字は、調和と不安定を内包すると言われている。
彼が泣きやんだら、どうしようか。
視線のさきに、カウンターがある。
心地よくクラシックな曲が流れ。
光のなかを、ゆるやかに塵が泳ぎ。
書棚に積まれた、あまたの物語が見下ろしてくる。
世界から切り離されたような、この世界。
かぎりなく閉じていて、どこまでも開いている。
彼女と、彼と、死者と。
「すてきな、あたしたち」
帆奈は、そっと、ささやいた。
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