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軽く俯いて俊介は林先輩に本を差し出した。いらっしゃいませーと言いながら先輩は本のバーコードをレジに通し、ピッという音と共に「1点で2,160円です」とだけ言った。相変わらず抑揚のない声だ。   どうしよう、声…かけるべきか…。俊介は財布を開けながら声を掛けるか掛けないかの2択に迫られた。指先の感覚は既にない。ていうか、声…を掛けたとして…向こうが覚えていなかったらどうしたらいい?イチから関係性を説明するのはまどろっこしいし…。 そもそも目の前にいる彼女は、本当に間違いなく林先輩なのか?それすらも怪しいではないか。10年近く彼女に会っていないわりには、すぐ先輩だと気付いた自分が信用できない。 千円札を2枚カウンターに置く時にはもう心臓はこのまま外に飛び出していくんじゃないかというくらい、強烈に鼓動を打っていた。 「2千円からお預かりします」 「…はい…」 「本にカバーをお付けしますか?」 「あ、はい…」 「…佐藤君…だよね」 「あ、はい…」 え。 一瞬の間があって、えっと…と俊介は顔を上げた。そこには軽く微笑む林先輩の顔がこちらを覗き込んでいた。 あぁ、やっぱり林先輩だ、変わらず綺麗だな…などと一気に拍子抜けしてそんなことをふと思ってしまった。あの時よりも少し短い髪は、今時には珍しい黒いままでさらりと肩のあたりで流れていた。 「佐藤君だよね。水穂高校の」 「林…先輩…ですよね」 「あ、よかった。覚えてくれてたんだ」 「な、何言ってんすか。忘れないっすよ」 「本当久しぶりだね。10年近く会ってない気がする」 「そ…そんなに経ちますかね…」   俊介は声を掛けるか掛けないかで困った直後には、これからどう会話を維持するかに困った。しかし自分のありったけの脳細胞を総動員したって、本にカバーを器用に付ける先輩の指先につい目が行き全く考えが浮かばない。 後々この時の事を思い出しても、驚いた先輩の表情しか俊介は思い出せない。…もっとも、自分が何をどう言ったかなどと思い出したくもないが。 「先輩、仕事何時までっすか。このあとご飯いきませんか」
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