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いや、違いますよー引っ越しが面 倒なだけですよーと軽くとぼけてみる。
半分本当で半分嘘だ。正確には、お金があまりないし、別に手狭でもないから引っ越しする必要がないという理由で引っ越していない。
「…先輩も1人暮らしすか?」
「アラサー女にそれ聞く?」
いや先輩は全然アラサーじゃないです、と意味不明な事を言い掛けて、注文したナポリタンが2つ運ばれてきた。好都合にも気が利かないフォローを言わずに済んだ。
昔ながらの、全くおしゃれじゃないシンプルな銀皿に乗ったナポリタンだ。
「おいしそうだね」
先輩が目を細める。どうぞ、と俊介はフォークとスプーンを手に取り、柄を先輩の方へ向け差し出した。ついでに空になったコップにお冷を注ぐ。
そして一緒にいただきます、とナポリタンを口にする。一瞬で甘めのケチャップの味が口の中に広がり、唾液腺が刺激されじわっと瞬時に唾液が分泌される。
「さっきの話ですけど…」
「佐藤君はさ、彼女いるでしょ」
「は?」
「いるでしょ」
スプーンを器用に使って先輩はくるくるとパスタをフォークに巻き付けている。やっぱりこういう時でも指先に目が行ってしまう。
「いない…っすよ。そんな先輩こそ…いるでしょ」
「それはノーコメント」
ずるい、と思った。言わせておいて自分は答えない。先輩はいつもそうだった。
「さっき、佐藤君が買ってた新刊の本」
「あ、あぁ…これですか。ちょっと気になって」
「私、もう読んだよ」
「え!マジっすか?!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
「びっくりしすぎでしょ」
「…すんません…おもしろかったすか、これ」
「うーん…そうだねーまぁまぁだった、かな。ていうかこれから読むんでしょ」
「…まぁ、そうっすけど」
「ま、読んでみて」
「はぁ…」
「さ、もう食べたことだし。明日も私仕事だから帰るわ」
「あ、ここは俺出しますんで」
「そ?悪いね」
「誘ったの、こっちなんで」
「じゃあお言葉にあまえて。ごちそうさま」
送ります、と言ったが丁重にお断りされた。それがまた彼氏と住んでいるからだとか、家がバレたくないからだとか、余計な俊介のネガティブな想像を掻き立てた。
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