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その日私たちは、いつもの喫茶店のいつもの席に座っていた。 ただいつもと違うのは、斜め前に座った彼が私を見ずにコーヒーカップを見つめ続けていることと、その隣には彼の奥さんが座っていること。 「では了承して頂けますか?」 言いながら彼女は私の方へ誓約書と書かれた紙を向ける。 私は頷き最後の欄に署名すると何も言わず席を立ち上がった。その時でさえ彼は1度もこちらを見ることはないままだった。 一礼して店を出た美也は安堵のため息をつく。 社内での不倫ということで、退職を求められるかと冷や冷やしていたのだが、今後2度と個人的に連絡を取らないのなら慰謝料も求めないと告げた奥さんの言葉には心底感謝していた。 小さくて可愛らしいあの奥さんには悪いけど、バレたのは良い機会だったとすら思っていたのだ。 20代後半の女の社内不倫なんて泥沼以外の何者でもない。 ここで別れるのが正解 「って。頭ではわかっていてもね~」 口から出た声が思った以上に大きくなったことに気付き慌てて口を塞いで周りを見渡した。 良かった。誰にも笑われてない。 そう安堵する美也の目に、まだ店内にいる二人の姿が映った。 笑い合って仲良さげにレジ横のケーキを選んでいる姿を見たとき美也の中の何かがチリチリと痛んだ。
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