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「好きになるのに、理由なんてあるのかい?」 「は?」 「へ?」  三木さんは寸分も動ぜず、尖った声を出した。 「あ、いや、その!」  僕は即座に背を向けた。ああ。スカして言ったものの、これは完全に外れだ。一応僕的には、好きになるのに理由なんてない! という、最高にイカした言葉だったのに。非常に恥ずかしい。ドヤ顔で間違いを口走る程、恥ずかしい事もあるまい。僕は羞恥心に耐え兼ね、身を四方八方に捩らせた。 「人の意識ってあると思う?」  激しく雑巾絞りをされているような僕に、彼女は極めて冷静に問う。 「ある、でしょ?」  半ば問い返すように僕は答える。 「ええ、正解。結論を言うと、あるらしいわ。ただし、0.2秒だけね」 「意味が分からないんだけど」 「やっぱりあなた、見た目に違わずパーね。人生って、選択の連続でしょ? 外部からの刺激を受け、考え、行動する。私達の意思はこの考える所にあるはずだけれど、実際にはほとんどが化学物質や電気信号によって支配されてるの。でも、0.2秒だけ私達の意思が介入出来る余地があるんだって。さて、あなたはこの事を聞いてどう思うかしら?」  三木さんの端正な顔が僕だけに向いている。全身の紅潮を感じながら、僕は言葉を紡ぐ。 「悲しい、かな」 「それはどうして?」 「事実はどうであれ、僕は僕としてこれまで生きてきた。それが否定されたような、そんな気がする」 「そ。私も同じ事を思ったわ。だってそうじゃない、心の存在をほとんど否定されたようなものなのだから」 「それで、あの質問なんだね?」 「ええ。あなたが私を好くのは、ホルモン分泌に依るもので生殖能力の高い雌なら何でもいいのか、運命という名の脳が勝手に下した命令なのか、もっと複雑な要因が重なった神の気まぐれなのか、それとももっと別の素敵な何かなのか。私はそれを知りたいの」  三木さんは表情を変える事なく、読み上げるように言った。
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