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「この一斗缶は所謂貯金箱でね。ある時から、毎日一円玉で貯めている。それも今や三万円に近い。もう勘付いてるだろうけれど、この貯金は僕が君に出会った日、恋に落ちたその日から貯めている恋の軍資金だ」 「え、少な」 「うるさいな! 幼稚園から貯めてるんだ、500円玉貯金なんて出来ない!」 「だってあなた、お金で愛を示そうとしているのでしょう? 私、中学生の時に億単位のお金を積まれた事もあるわ」  三木さんはさも日常会話のように、自慢気もなくさらりと言ってのけた。一体彼女は僕が鼻水を垂らしている間、どんな人生を送って来たのだろう。しかし僕がそうだったように、彼女の魅力に一度取り憑かれたら最後、どんな犠牲でも払うだろう。最早、災害である。しかし不幸中の幸い、彼女が地味故、被害者の数だけは少ないはずだ。おそらくだけども。 「でも、君が欲しいのはお金じゃない。そうだろ?」 「おそらくね。少なくとも、そんな端金は要らないわ」 「やるもんか。これは僕の金だ」 「だから要らないわよ」  いよいよ三木さんの興味も失せて来たらしく、瞳が粘度を帯びてくる。 「まぁ、話を聞いてくれよ。言ったろ? この貯金は愛の証だって」 「だから?」 「僕は幼稚園から今日までの累計28644日間も愛を貯めて来たんだ。一日も絶やさずに。これは紛れもなくこれは僕の意思だろ?」  僕の切札。一日も欠かした事の無い愛の証明。これで彼女の陥落は間違いない。宣言しよう、次に彼女は「愛してる」と言う。 「普通に気持ち悪いのだけど」 「僕もずっとそれが言いたかった。あれ、え?」 「あら、そう。なら私の前に二度と現れないで」  三木さんは言うと、クルリと踵を返す。見切りをつけるのが早い、またそれも彼女の魅力の一つである。
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