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坂口賢はごく一般的な会社員であった。仕事も普通にこなし、人付き合いも平凡的。周囲からの印象も善意も悪意ももたれない、ただ普通の人である。しかし、世の中には平凡な人間というのはいない。それは彼も然りで、彼には一つだけ人には言えない秘密があった。
秘密というのは、彼が時々、秘密裏に足を運ぶバーにある。バーのことだけは誰にも決して話さない自分だけの秘密にしていた。例え、会社の上司に聞かれたとしてもだ。だから、彼はいつも、バーに足を運ぶ時は特に注意を払うようにしていた。もっとも、好奇心で彼のあとをつけていくような人はいないのだが。
ソノバーは表通りだけでなく、裏通りからも外れた本当に都会の路地裏、その奥の奥にある。迷路のように入り組んだ路地を通るので、慣れるまで坂口は辿り着くのには苦労した。慣れてしまえば、地図など見なくても行けるようになる。
路地を進むと奥に古ぼけたドアが見えてくる。看板もなく一見すると、どこかの店の勝手口のようにも見えなくはないが、坂口は慣れた様子でそのドアを軽くノックした。すると、ドアの一部が開き、そこからギョロリとした鋭い目玉が二つ現れた。細い隙間から覗く、その目はホラー映画のワンシーンを思わせ、路地の不気味さも相まって大抵の人は驚き腰を抜かしてしまう。坂口もそうであったかのように。
鋭い眼光は坂口の姿を確認するも淡々とした口調で、
「我らがこの世で愛すべき者は?」
「美しきモノ」
「よろしい」
坂口が簡単な合い言葉を言うと、ドアの鍵が内側から外された。ドアが開かれる少し前、坂口は念の為に後ろを確認する。誰も居ないことは分かっている。周囲には監視カメラがあり万が一、あとをつけられていたら応対、そのものがない。それでも、念の為に。それだけ、彼にとってバーのことは秘密にしておきたい。
坂口がバーに入るとドアは静かに閉められた。ドアの隙間から除いていたのは小柄で年老いた男性であった。
「お待ちしておりました。坂口様」
バーの従業員でもある初老の男性は丁寧にそう言うと、さっそく坂口を案内する。バーの中も路地と同じように少々、複雑な造りをしていた。案内役がいなくては通路で迷ってしまう。
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