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かつて、坂口はバーが出来た経緯を尋ねたことがあった。その時の話によると戦後の復興の最中、幾つかの建物を間借りして元々あった路地を利用したのが始まりだったらしい。その為、バーの店内といっても部屋に辿り着くまでの間には複雑な道なりが形成されていた。
「竹田様はすでにお待ちしております」
「そうですか
予定ではもう少し早く行く予定だったが、仕事終わりに二、三つの簡単な仕事が飛び込んできたのでそれを片付けるのに時間がかかってしまった。
竹田とは、バーで知り合った飲み仲間である。約束しておきながら遅れてしまったことを坂口は申し訳なく思いながら、従業員の案内で十三号室とプレートがかけられた部屋に連れられた。
十三号室ではすでに、竹田がグラスを片手に酒を嗜んでいるところであった。
「坂口さん。お先していました」
グラスに注がれた酒を楽しんでいた竹田は坂口が通されたのに気づくと、グラスをテーブルに置き、軽く会釈をする。
「いやいや、構いません。こちらも急用が入ってしまい、ご迷惑をおかけしてしまい」
約束の時間に遅れてしまったのは坂口の方だ。彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうですか。お互い会社勤めですからね」
「まったくです。だから、こうして、息抜きをしないとストレスが溜まる一方です。それで、今日はこの方ですか」
坂口はそう言いながら革製のソファーに座ると、竹田がグラスを置いた“テーブル”に目を移す。テーブルはガラス製だった。個室に近い形をしている部屋では珍しい縦長のテーブルであった。細長く、それはまるで棺桶のようだ。いや、棺桶のようではない。実際、これは棺桶なのだ。透明なガラスで出来た。
テーブルのように置かれてはいるが、その中には美しく化粧が施された少女の遺体が納められていた。ガラスのように冷たくなっている少女の周りには色とりどりの花で彩られている。
「彼女はいかなる理由で?」
坂口は竹田からグラスに酒を注いでもらいながら尋ねる。竹田は少女を哀れむような目で見ながら言う。
「親の虐待で殺されたそうですよ。悲しいことに」
少女に化粧を施していたのは単に見栄えをよくする為だけではない。生前に受けた傷を隠す目的もあった。
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