死体愛好会

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 だから一見しただけでは、死んでいるようには見えない。まるで、生きているようで今にも動き出しそうだった。しかし、彼女は生き返ることは二度とない。永遠に眠り続けるだけなのだ。彼女が納められているガラスの箱の上には、生前の彼女の記録が記されていた。生まれてから今に至るまでのこと柄が。  坂口も少しそれに目を通しただけで目を伏せた。これ以上、彼女の生前を覗き見るのは忍びなかったから。 「本当に虐待はひどい。どうして、周りはこうなる前に止めることができなかったのか。いつも思います」 「理由は様々ですが、やはり他人の面倒事に巻き込まれるのを嫌がる人が多いのでしょう。だから、虐待の事実を知っていても見て見ぬフリをする。公的機関は一応の対策をうったと主張していますが、子供が死んでからでは何もかも遅い。親を逮捕したところで、この子が生き返るという訳でもないのに」 「つくづく、嫌な社会になってしまったものですね」  坂口は目を閉じ、グラスを掲げる。 「この少女の冥福を祈って・・・」 「献杯」  二人は彼女に対し慈しみをもって、酒を飲んだ。  これが、坂口が通うバーで行われている趣向である。ここには、毎日のように様々な事情で亡くなられた方が運ばれてくる。本来なら、親族にすぐにでも引き渡されるのだが、彼女のように特別な事情がある人の場合は、ここに運ばれてくる手筈になっていた。もちろん、こんなことは道理が許さない。  通称『死体愛好会』。その不気味な会の名とは、裏腹にここに酒を飲みにくる会員は全員、人を弔う気持ちがある人ばかり。それが、会員の絶対条件なのだ。表には出ない特別な事情があるバーは誰にも話してはいけなかった。  坂口と竹田がいる部屋以外にも当然のことながら、同じようにして老若男女問わず遺体が安置されていた。どの部屋でも、皆弔いの意味込めて生前の人のことを思いながら酒を静かに飲むのであった。  世の中には需要と供給というのがあるように、こうした弔われない遺体と誰かを弔う者との関係ができあがっていた。  今日、二人が弔うのは少女であったが、大抵の場合は孤独死する老人である場合が多い。バー全体に漂う香りも、酒や香水の香りではなくお香である。このような場に、香水など相応しくない。
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