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ヤマヨコ交番
愛用の軽自動車で、警察署を出て10分ほど走ると、周りは田んぼだらけになり、山が近くなって来た。
田舎だから仕方ないが、少し町を離れると、田んぼや川ばかりの自然しか目に入らない。
さらに10分ほど走ると、小さい集落が見え、集落の真ん中にある図書館も見えてきた。
その図書館に隣接して俺の勤務先である
山野市立図書館横交番
通称ヤマヨコ交番
がある。
交番横の無駄に広い駐車場に車を停め、交番に入っていくと、交代を待つ中年警察官がいた。
「おはようございます」
「おはよう島ちゃん。昨日は特に変わったこともなく、向こうからの願届人(がんかいにん)も0だったよ」
人の良さそうな顔の、伊藤所長はやれやれ疲れたよと言いながら、机から立ち上がった。
「所長の泊まりの時はなんで、願届人来ないんですかね」
「島ちゃんの人徳の賜物だよ。私なんかより人格者だからじゃないかね」
伊藤所長は、かつて敏腕刑事として、俺のような現役を知らない若手でも噂に聞く人だが、今ではここの交番所長として定年まで居座ると豪語している。
この人も数少ない向こうを知る人だ。
「引継ぎは、特にないですが、公用車の事故が増えてるので、事故防止に努めるようにと副署長からです」
「了解したよ。こっちの引継ぎだが、向こうは今日から夏を迎えるための祭りらしい。王都には、各地から色々集まるらしいから、願届人どころか色々ありそうだね」
所長。他人事のようですが、なかなかヘビーな引継ぎです。
「わかりました。扉周辺は警ら強化しておきます」
「あ、あと島ちゃんだから頼むんだけど、4丁目にあるドリトス酒場の果実酒1本買っといてよ。あの酒、娘に好評なんだよね。安いやつで十分だから」
ほう、おつかいまでご用命ですか。わかりました。1番高いやつ買っときます。
引継ぎが終了した後、所長は交番を後にして、俺は日誌の作成を始めた。
平穏無事な勤務だろうが、向こうは祭事が始まるらしく、何事もなくというわけにはいかないだろう。
課長や所長からの頼みごともあるし、ちゃっちゃと仕事は済ませておくか。
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