ヤマヨコ交番

1/10
前へ
/90ページ
次へ

ヤマヨコ交番

愛用の軽自動車で、警察署を出て10分ほど走ると、周りは田んぼだらけになり、山が近くなって来た。 田舎だから仕方ないが、少し町を離れると、田んぼや川ばかりの自然しか目に入らない。 さらに10分ほど走ると、小さい集落が見え、集落の真ん中にある図書館も見えてきた。 その図書館に隣接して俺の勤務先である 山野市立図書館横交番 通称ヤマヨコ交番 がある。 交番横の無駄に広い駐車場に車を停め、交番に入っていくと、交代を待つ中年警察官がいた。 「おはようございます」 「おはよう島ちゃん。昨日は特に変わったこともなく、向こうからの願届人(がんかいにん)も0だったよ」 人の良さそうな顔の、伊藤所長はやれやれ疲れたよと言いながら、机から立ち上がった。 「所長の泊まりの時はなんで、願届人来ないんですかね」 「島ちゃんの人徳の賜物だよ。私なんかより人格者だからじゃないかね」 伊藤所長は、かつて敏腕刑事として、俺のような現役を知らない若手でも噂に聞く人だが、今ではここの交番所長として定年まで居座ると豪語している。 この人も数少ない向こうを知る人だ。 「引継ぎは、特にないですが、公用車の事故が増えてるので、事故防止に努めるようにと副署長からです」 「了解したよ。こっちの引継ぎだが、向こうは今日から夏を迎えるための祭りらしい。王都には、各地から色々集まるらしいから、願届人どころか色々ありそうだね」 所長。他人事のようですが、なかなかヘビーな引継ぎです。 「わかりました。扉周辺は警ら強化しておきます」 「あ、あと島ちゃんだから頼むんだけど、4丁目にあるドリトス酒場の果実酒1本買っといてよ。あの酒、娘に好評なんだよね。安いやつで十分だから」 ほう、おつかいまでご用命ですか。わかりました。1番高いやつ買っときます。 引継ぎが終了した後、所長は交番を後にして、俺は日誌の作成を始めた。 平穏無事な勤務だろうが、向こうは祭事が始まるらしく、何事もなくというわけにはいかないだろう。 課長や所長からの頼みごともあるし、ちゃっちゃと仕事は済ませておくか。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加