552人が本棚に入れています
本棚に追加
「唇を重ねれば、キスになるのか? アレは、事故だ。カウントされない。下着は、新品を買って返すから貸し借りなしだ。つまり、俺とお前の間には何もなかった」
我ながら、子供じみた返しだ。ドアの向こう側で、遼の笑う声が聞こえてくる。
「でも。ただの同僚が、セックスなんてしないでしょ」
「あれは、夢――えっ?」
「ええ、夢ですよ。とても淫らな夢。正夢のような夢。けれど、僕たちにとっては、本当といっても良いんじゃないかな」
ドアの前でたじろいでいると「開けてください」とノックされる。
「お前……本当に、夢魔ってやつなのか?」
強めにノックされるドアに、ほづみはイライラと息を吐き、ドアチェーンをつけたまま鍵を開けた。
「ちょっと、酷いな。そんなに警戒しなくてもいいでしょうに。外してくださいよ、チェーン」
「絶対に、嫌だ!」
外したら、部屋に入ってくる。ほづみは犬歯をむき出しにして、遼を睨んだ。
「怒らないで、ほづみさん。所詮、夢じゃあないですか。それに、僕とのセックス、気持ちよさかったでしょ」
「うるさい! うるさい! な、なんで俺に、あんなっ!」
ドアを閉めようとするが、向こう側からもドアノブを引っ張っているのか、びくともしない。金色のドアチェーンが、ほづみの命綱だった。
「言ったじゃないですか、好きだって」
湿り気を帯びた声に、背筋がゾクゾクと粟立った。
最初のコメントを投稿しよう!