夏が嫌いな理由

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小学生が夏休みに入った。 朔弥は毎日真っ黒になるまで外で遊び回っている。今ではあまり見られなくなった光景を微笑ましく眺めていた。 その日は、朝から暑く、35度を越えるだろうとニュースで報道していた。日差しが強く、刺すように素肌へ染みる。番犬のタロウに餌をあげるのみ外へ出ている俺が感じただけでも、かなり危険だった。こんな日は外へ出ず、家に篭って本でも読もう。 この生活でお気に入りになった作家の本を開き、読み始めた。家族は外出して誰も居ない。俺だけのサンクチュアリなのだ。 いつまでもこんな暮らしを続けてはいけない思っている。夏が……この夏が終わったら、再び始動するんだ。そのための充電期間なのだと自らに言い聞かせていた。 電話の音で目が覚めた。いつの間にか寝てしまったらしく、コール音が虚しく部屋に響いている。しょうがなく重い腰を上げて、リビングにある受話器を取った。 「もしもし……」 「……中西さんのお宅ですか?」 聞いたことのない若い女性の声だ。 「はい、そうですが。」 「あの…………」 朔弥の学校からだった。聞くところによると、今日はプール開放日で、はしゃぎすぎた朔弥がプールサイドで転倒して足を切ったそうだ。保健室で処置したが、本人が痛がり歩いて帰れそうにないため、迎えにきて欲しいとのことだった。 確か、朔弥が楽しみにしていた行事だ。クラスメイトに会うことが嬉しかったのだろう。 生憎、家には俺しかいない。痛くて歩けないとは足の甲を切ったのだろうか。田舎の元気な小学生というステレオタイプの朔弥は、やること為すことにハズレがなかった。だから憎めない可愛い俺の甥っ子だ。 俺が、迎えに行くしかないな。 駐車場にばあちゃんの軽トラがあったので、鍵を拝借して乗り込む。近場への運転なら出来る。蒸すような車内でクーラーをマックスにしてアクセルを踏み込んだ。 汗が頬を伝って、身体が暑さを訴えている。朔弥と夜の散歩をするだけが、唯一の運動なため、汗を掻くことがめっきり減った。背中に張り付くTシャツも不快だ。 農道を下り、舗装された道に出る。信号を3つ越えて、左に曲がったところに俺の母校はあった。卒業してから全く変わることのない、小さな小学校だった。
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