夏が嫌いな理由

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校舎の中はヒンヤリとしていた。かと言って涼しいわけではなく、背中に掻いた汗は乾かずにじとりと濡れたままだ。 建物を取り囲む匂いが当時のままだった。パタパタと走り回る小学生が今にも飛び出して来そうな錯覚を覚えたが、目を凝らして遠くを見ても何もなかった。 見覚えのある保健室をノックすると、朔弥が笑顔で迎えてくれた。 「すみません……」 「あ、雪兄。迎えに来てくれたんだ。」 ふくらはぎには包帯が巻かれている。彼には似合わない真っ白な色は、黒い肌に相反してさらに目立っていた。 「大丈夫か?あの、病院は行った方がいいでしょうか。」 白衣の女性に尋ねると、傷は広範囲だが浅いので、消毒さえ2、3日やれば問題ないとのことだった。着替えてはいたが、荷物を持っていなかった朔弥が、帰り支度をしてくると、ひょこひょこ歩き始めた。手助けしようとしたら、1人で歩けるから待っていて、と強めに言われる。出そうとした手を引っ込めて、後ろ姿を見守った。 あの歩き方では徒歩で帰宅は無理だろう。 保健医の女性も途中で退出し、俺は1人で室内に残された。 小学生の自分がもし今の俺を見たら笑うだろうか、それとも哀れな目で見るだろうか。 目線を落すと来賓用のスリッパが不釣り合いに思えて、少し笑った。卒業したら訪れないと思っていた場所へ舞い戻ってきてしまった。呼び戻される記憶にぶんぶんと頭を振る。今は思い出してくないんだよな。 「はあああああ、雪、雪、ユキちゃーーーん久しぶりだね。」 「分かってたけど、やっぱりお前が来るんだな。俺が来てることを朔弥に聞いたんだろう。」 保健室のドアがバーンと開いて、朔弥の担任である及川夏緒が半笑いで立っていた。あの頃の思い出が一気に蘇り、胸に苦い味が胸いっぱいに広がる。
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