夏が嫌いな理由

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夏緒はしっかり大人になっていたが、昔の面影はちゃんと残っていた。色素の薄い髪も、日焼けしてもすぐ赤くなってしまう白さも、人懐っこい性格も、あの時のままだった。 プール開放日で赤くなったであろう鼻の頭をポリポリと?きながら、彼は話し始めた。緊張している時の仕草が昔のままで、少し笑みが溢れる。 「朔弥君から聞いた時は、まさか同一人物とは思わなかったけど、名前が同じだったから、本当にユキちゃんなのかなと……俺が転校してから、大人しくなったとは聞いていたよ。いつ帰って来たの?」 「2か月半前かな。夏緒こそ、なんで戻って来たんだよ。」 「ふふふ。たまたまだよ。たまたまここの学校勤務になったんだ。母校に勤務するとか、実際にあるんだね。俺が驚いてる。」 確か夏緒は両親が多忙で祖父母の家に預けられていた筈だ。小学校卒業と同時に親元へ戻り、関西の中学へと進学した。最初の年だけ年賀状が来ていたことを思い出した。 「今はどこに住んでるんだ?」 「職員寮。町が用意したアパートに住んでる。じいちゃんとばあちゃん家は、今は売りに出されて知らない人が住んでるよ。ユキちゃん、すっかり落ち着いたね。本当にあのユキちゃん?顔が同じだけど、中身は別人じゃないの?」 ぺちぺちと頭を叩かれた。 「失礼だな。俺はそのままだよ。」 昔の俺しか知らない存在は、不思議そうに俺を見ている。薄茶色の瞳が黄色のポロシャツによく似合っていた。首からかけたホイッスルが動きに合わせて揺れている。 「ふーん。なんか想像してたゆきちゃんと真逆だな。あっ、涼太や岳に会った?今度飲もうかと計画してるんだよ。ユキちゃんも良かったら来て。一緒に飲もうよ。」 夏緒が懐かしい名前を出したので、俺は内心びくびくしていた。幼馴染達には全く連絡をせずに戻ってきたため、今更な気がしてならなかったのだ。答えに渋っていると、夏緒は俺の背中を優しく叩いた。 「もう、暫くここにいるつもりなら、幼馴染に挨拶しておかなきゃ駄目じゃん。ユキちゃんも参加してね。俺ん家でやるから。」 「…………あぁ……うん……」 そうなんだよな。本当に夏緒の言う通りだ。もう都会へ戻るつもりはない。近くで仕事を探すか、家業を継ごうかと思っていた。
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