第二章

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 驚いたなと、大伴真夏は朔のふるまいを心中でかみしめつつ、牛車の後ろを歩いていた。  今をときめく左大臣・久我久秀の三の姫。左大臣の姫で未婚であるのは彼女だけだ。彼の兄は中納言。真夏の兄、冬嗣と同じ従三位の位にある。いずれは彼が大臣となるだろうとのウワサが高い。 (そんな久我家の姫が、あんなことをするのか)  朔姫は変わり者であるとのウワサは、真夏も幾度か耳にしていた。姫のウワサというものは、たいていが見目の美しさか、歌や文字の上手、または琴などの演奏の上手さであるのに対し、朔の場合は少々ちがっていた。  姫というものは、絵物語や美しい反物などに心を寄せるものであるのに、朔姫の場合は屋敷の外の人々の暮らし――公家の生活のみではなく、下々の者らの営みなどに気を向けて、美しい反物などには興味を持たないというのだ。  真夏はそれを仲間の公達らに「そういうものに不自由しないからだろう」と言っていた。ありあまるほど美々しい反物を持っていれば、好きなだけ好みの着物を作ることができる。左大臣を父としていれば、いくらでも素晴らしい物が手に入る。そう思っていたのだが、今の朔の様子からすると、どうやらそうではないらしい。  姫が平気で顔を出すということ自体がありえないことなのに、朔はあろうことか里の民に気軽に手を振った。それだけではなく、子どもが差し出した雑草と呼んでも差し支えのないような野花を、うれしそうに受け取った。 (少々どころか、かなりの変わり者らしい)  そう結論付けた真夏は、自分の口の端がやわらかく持ち上がっていることに気付いた。どうやら彼女自身に、深い興味がわいてきたらしいと自己分析をする。しかもこれは、好意ある興味だ。  真夏は彼女の家人ではない。本来なら、こうして姫の警護にまぎれているような者ではなかった。彼は家格の高い家柄に生まれた、無官の公達だ。官職には限りがある。何の役職にもついていない者は、真夏だけではない。そういう者らは少なくなかった。
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