第二章

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 官位役職を持たぬ者は、ありあまる時間を歌や楽をみがくことに注いだ。歌合せで人を感心させるものが詠めれば、それだけで役職を与えられることがある。宴の席で見事な演奏をすれば、それがきっかけで出世の尾をつかむこともできた。中には無官であることに不満を持たず、悠々と過ごしている者もあったが、そういう者はまれだった。  平安の世にあって、歌や楽器の腕前は、都で職を得るための資質でもあるのだ。  真夏は笛をよくしていた。その笛で官位をもらえと、父や兄に言われていた。そして名門の姫と通じ、大きな後ろ盾を持つようにと。  妻の家の力は、大きな武器となる。親兄弟にも影響が及ぶので、父や兄は乙女心をくすぐるような恋歌の練習をし、気の利いた恋文を送れと真夏に言い、めぼしい姫の情報を彼に吹き込んでいた。けれど真夏は、そういうものにあまり感心がなかった。それなのに、時の権力者である左大臣の娘の家人にまぎれこんでいる。 (ウワサが本当かどうか、たしかめてやる)  仲間内での会話の弾みで、そういうことになった。別段、朔に興味があったわけではない。その場の盛り上がりでの、なりゆきだった。  朔の父が娘の遊山の同道者を選んでいるという話を聞き、朔の屋敷の家人と通じ根回しをして、まぎれこんだ。父や兄に、早くいい姫と結婚をと言われるのにもウンザリしていたので、そこから逃げ出したかったという心理もあった。 (思うより、面白いことになりそうだ)  まぎれこんで正解だったと、真夏は牛車を見た。  牛車が止まり、朔と芙蓉が姿を現す。見物に来た里の者たちの間から、どよめきが起こった。 「どちらが、姫様かいのう」 「どちらも姫様だろう」 「あんなに肌の白い女は、見たことがないぞ」 「ありがたやありがたや」  拝み出す者も現れ、真夏は苦笑した。まるで天女が降臨したかのようだ。 (彼らにとっては、それに等しいのかもしれんな)  都の公家。しかも左大臣の娘となれば、穴多守のような地方官にとっては雲の上の存在だ。その穴多守に統治されている里の者たちからすれば、朔は天界の人間にも等しいだろう。
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