第二章

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 彼女はもう、文を交わす相手がいるのではないだろうか。いくら変わり者のウワサがあっても、左大臣の娘だ。降るように恋文が送られていると聞いている。その中に、誰か彼女の気にいる恋文や贈り物をした者があって、ひそやかに想いを交わしているということもありうる。 (話では、姫は誰の文にも感心を示さないということだったが)  それは朔という新月を示す名と、かぐや姫の物語をかけて言われているだけなのではないか。姫の価値を上げ、よりよい婿を求めようと、左大臣または彼女の兄がわざと、そういうウワサを意図的に流しているということもありうる。  岸辺で揺れる舟の上で、顔をかがやかせている朔がまぶしくて、真夏は目を細め、着物の胸のあたりをにぎりしめた。  ◇◇◇  朔という姫は、ほんとうに変わっている。  舟遊びではしゃいだ朔は、岸に着くなり「次は、あの奥にある舟の傍まで行きたいわ」と言った。あの舟は漁師の舟で、姫君が乗るものではないと言われれば、漁師と同じ着物になれば乗れるのかと問うた。隆俊はじめ、彼の家人はポカンとしたが、朔の家人らは平然としていた。彼女をいさめるべきであろう芙蓉は、彼女の望みを止めるどころか「面白そうですわね」と同調した。 (今回の遊山は、姫の気心を知っている者のみが同道すると聞いていたが)  このような気性なら、並の神経や公家の常識などにとらわれた者の中にいては、息苦しいだろう。 (だからこその、人選だったのか)  その中に紛れ込んだ自分がおどろいていては、よそ者であるとばれるおそれがある。紛れ込むための手引きをしてくれた者に、迷惑をかけることになるだろう。  真夏はさっと、周囲の人間に目を走らせた。誰もが、いつものことのような顔をしている。ほほえましそうにしている者さえあった。 (この気性は、根っからのものらしい)  だとすると彼女の父はそのために別荘を、都から離れたこの場所に作ったのか。娘をのびのびと過ごさせるために、わざわざ。 (でも、なぜだ)
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