第一章

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 姉の照にも陽にも、恋文を交わしあう殿方がいた。父が出世をするための、利益にはならない相手だった。だから引き裂かれた。その事情を知ってから、朔は恋文をもらっても、素晴らしい贈り物をされても、見向きもしなくなったのだ。 「そんなに、カエルのように平たくならなくてもいいわ。穴多守」 「は、ははぁ」  恐縮して顔を上げた穴多守を見て、朔は思わずふきだしそうになった。さっきの自分の言葉が、言い得て妙なたとえだったと穴多守を見て笑う。ちらりと見れば、芙蓉もほんのり口の端を持ち上げていた。 (絵物語に描かれていた、カエルにそっくりだわ)  そんなことを思われているとは知らずに、穴多守は愛想笑いを顔にはりつけ朔を見ている。 「かぐや姫のように美しい、とうかがっておりましたが、本当にお美しいですな」 「ありがとう」  父の権力のために、彼は自分を褒めるのだろう。そう思っている朔は、穴多守の言葉をさらりと受けた。  朔が儀礼的に礼を言ったので、穴多守は少々気まずくなったらしい。肉厚の大きな手を打ち鳴らして、人を呼んだ。 「これ、これ」  それに応えるようにドスドスと乱暴な足さばきが聞こえ、大きな男が現れた。着物の上からでも筋骨隆々とした様子のわかる青年は、武門の男のように見えた。相手を威圧するほどの巨躯の持ち主だが、よく日に焼けた顔にある目は大きく、愛嬌がある。 「これなるは、我が息子の隆俊。これより舟遊びの供をさせていただきます」  穴多守の紹介に、あらまぁと朔は目を丸くした。 (カエルの子は、カエルではなくクマなのね)  笑いをおさえきれず、朔は隆俊に微笑みかけた。隆俊は、さっと目じりに朱を差して目をそらす。 (はずかしがり屋さんなのかしら)  今の反応で、朔は彼を好ましく受け止めた。 (悪い人ではなさそうね)  朔の反応から、第一印象は悪くないと感じたらしい。穴多守はいそいそと席を立ち、後は頼むぞと息子に言った。 「姫。こちらへ」  隆俊に促され、朔は芙蓉と共に席を立ち、牛車に乗って舟まで進んだ。
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