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礼を言えば子どもははにかみ、ペコリと頭を下げた。
「今度、屋敷にあそびにいらっしゃい。歓迎するわ」
「ほんと? 行ってもいいの」
「ええ」
「ぜったいの、ぜったい?」
「ぜったいの、ぜったい」
子どもが顔をかがやかせる。その笑顔に、朔の胸があたたかくなった。この笑顔を、もっと見たい。
「こら。なれなれしいぞ」
気付いた隆俊の家人が、子どもを邪険に追い払った。
「かまわないわよ」
自分の家人らは子どもを追い払わなかったのだからと、朔は唇を尖らせた。
「あのような者らに、気安く声をかけては姫の害になります」
「どう害になるっていうの? 私の家人は何も言わないのだから、あなたに言われる筋合いはないわ」
ピシャリと朔が言えば、子どもを追い払った男は鼻白んだ。二人の間の空気がピリリと張りつめる。そこに、おだやかな声がさしはさまれた。
「やんごとない姫に、万一のことがあってはと気を張っているのでしょう。ここは、双方ともに落ち着いて、このあたりで終わりにしませんか」
気まずい空気の中に、涼やかな眼差しをした男が割って入った。牛車の後方から現れたので、これは朔の家人だろう。けれど
(見たことのない顔ね)
その青年の姿に、朔は見覚えが無かった。
(でも、全員を知っているわけではないし)
朔の奔放さを許容できる者のみをと父親が同道者を選んだから、知らない顔があってもおかしくはない。それに、姫らしく過ごせと言われる都の屋敷では、男に顔をさらすという事自体が許されない。父や兄であってもめったに顔を見せないので、男の家人を知らないのも当然だろうと、朔は深く考える事なく彼を観察するように見つめた。
線の細いあごは、絵物語に出てくる公達のようになめらかで、薄い唇は血色よく、花弁のようだ。整った鼻梁と切れ長の目は、鋭利な刃物のようでありながら、瞳にある光はやわらかい。
(キレイな人)
思わず、朔は感歎の息をもらした。こんなにキレイな人ならば、女房たちのウワサに上らないはずはない。それなのに自分は、美麗な家人がいるという話を、とんと耳にしなかった。
(私が興味を持ってしまったら、困ると思われていたのかも)
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