第一章

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 姫が家人を気にしているなどと知られれば、そういうウワサの大好きな公家社会だ。あっという間に、色恋をからめた憶測と共に広まってしまうだろう。それを案じて、耳に入らないようにしていたのかもしれない。  ウワサを聞けば、女房らが気にしている者はどんな人なのだろうと、色恋とは別の好奇心で興味を持ってしまう自信が、朔にはあった。  朔があまりにも長く見すぎていたからだろうか。彼は隆俊の家人が去るのを見送った後、朔に親しげな笑みを浮かべた。ドキリと朔の胸が痛む。それに気付いたのか気づいていないのか、彼は軽く頭を下げて、牛車の後ろへ下がった。  彼の姿が牛車の陰に隠れてしまってから、朔は顔をひっこめて胸をおさえた。痛んだ胸が、じわりと熱いものをにじませている。 (どうしちゃったのかしら、私)  彼の笑みを見たときの痛みは、心地よいものだった。痛みが心地よいと思ったのは、はじめてだ。 「姫様。朔姫様。いかがなさいました?」  よほどぼんやりしていたらしい。心配そうな芙蓉の顔が間近にあって、朔は自分の意識が彼にとらわれていたのだと知った。 「なんでもないわ。さっきの子どもに、悪いことをしてしまったと思っただけよ」  朔が笑ってごまかせば 「遊びに来てくれると、いいですね」  芙蓉が安堵したように言い、朔はうなずきながら先ほどの彼の姿を胸に浮かべた。 (名前を聞いておけばよかったわ)  自分の家人なのだから、すぐに名を聞く機会が訪れるだろうと、朔は意識を無理やり彼からひきはなし、今から行う舟遊びに向けた。
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