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病室へ戻ると、貴和美はベッドで横になって休んだ。
一楽と夜デートするためには、体調を良くしなければならない。
検査結果が悪いと、外泊どころか外出許可だってもらえない。
必死に目をつぶるが、天糺に言われたことが頭に浮かんでくる。
(子づくりって言葉、結構、衝撃的……)
貴和美だって、愛する人と結婚して子どもも欲しい。
今は、儚い夢。
病気さえ、治れば。病気さえ……。
「そうだ、夢日記に書こう」
貴和美は、体を起こすと横のワゴンから夢日記を取り出した。
パラパラとめくると、過去の日記が目に飛び込んでくる。
『恋人と、海に行きました』
『恋人と、夜景を見ました』
『恋人と、花火を見ました』
今のところ、恋人としたことが14個ほど書き連ねてある。
すべて、架空の話で願掛けのようなものだ。
「これも、これも、一楽さんのお蔭で、ほとんど叶ったわ」
あとは、『月を見た』と、『雪の中を歩いた』、それに、『美味しい料理を一緒に食べた』だ。
貴和美は、一楽の作った美味しい料理を食べているが、一楽は一緒に食べていない。だから、これはまだ叶っていない。
『夕方ぐらいに会って、食事して……』『部屋でゆっくり過ごす』と、一楽は言っていた。
「……と言うことは、『一緒に食べる』が、叶う!」
貴和美は、喜んだ。
一楽と一緒に食べる夕食。これは、ぜひ、叶えたい。
「でも、部屋ってことは、どちらかが作るってこと?」
貴和美が作ってもよいが、一楽の満足いく料理には到底ならない自信がある。
自分でも美味しいとは思えない。
これでは、『美味しい料理を一緒に食べた』にならない。
かといって、一楽に休みの日まで作ってもらうのは図々しいように思う。
やっぱり、自分が……。
「今からお料理を勉強するなんて、無理! 間に合わない!」
この夢は、後回しだ。
「それよりも、新しい夢を書こう」
貴和美は、ピンクのペンを取ると新しいページに書きだした。
『今日は、一楽さんとの結婚式でした』
ここで、貴和美は手が止まった。
「私……、一楽さんとの結婚を夢見ていいの? その資格、あるの?」
悩んだ貴和美は、『一楽』の部分をグチャグチャと上から塗りつぶした。
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