一章 矢車菊の青い瞳は

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 ニルフは軍人ではないが趣味で武術を習っており、体つきはレオンハルトよりもずっとしっかりしている。  振り払う気ももとよりなく、レオンハルトはなすがまま、引っ張られていった。 「小さい頃って、片手で足りる年齢まででしょう? 確かに姉のお転婆さは、今でも健在ですけど、いつまでも子供のままじゃありません」 「あいかわらず、君はエリスが好きなんだね」 「姉弟じゃなければ、俺が姉さんと結婚していたかもしれませんね」  冗談めいた台詞だが、ちらっと振り返ったニルフの目は決して笑ってはいなかった。 「なら、君がエリスの面倒を見てあげればいいじゃないか」とは、思ってもさすがに口にはできない。  鍛えられた拳で殴られては、たまらない。  美醜を気にするほうではないが、顔の形が変わるほどの痛みはさすがに嫌だった。 「オスカー家の方々には、俺からすでに到着が遅れるとお伝えしてあるので大丈夫ですよ」 「用意が良いね、別に帰りが遅れても問題はなかったのに。僕がまさか、戦争で死ぬなんて誰もおもっちゃいないよ」  父も、二人の兄も軍人だ。  家業で軍人をやっているレオンハルトとは違い、もっとずっと真摯につとめを果たしている彼らは貴族の特権をよく知っている。 「オスカー少尉」 「レオンでいいよ。昔は、そう呼んでくれていただろう?」     
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