三章 寒空のした

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 手持ちの宝石を金に換えて、お気に入りの珈琲店を訪ねよう。そのまま、レオンハルトと合流して午後をゆっくりと過ごす。 (最高だ)  ビーシュはにやっと口の端を持ち上げた。  昼間、誰かと会う約束をしたのは何年ぶりだろう。  ゆっくりと沸きたつ薬罐に促され、白く煙るお湯をドリップポッドに注ぐ。  レオンハルトが、おいしいと言ってくれた、手抜きなしの珈琲。  貴族の口に合うような高級な豆ではないと言えば「ビーシュの腕がとびきり良いんだね」と、味わってくれた。レオンハルトのために使った濾紙も報われただろう。  お世辞でも本気でも、褒められるのはとても嬉しい。自分が好きなものだと、余計に浮かれて飛び上がりそうだ。 「また、飲んでくれるかな」  抽出した珈琲をカップに注ぐと、工房にかぐわしい珈琲の香りが広がってゆく。  砂糖は入れず、苦い珈琲を一口飲むと、喉を伝ってゆく暖かさにほっと、緩い吐息が漏れた。  とても、穏やかな朝だった。 (たぶん、普通の人にとっては、当たり前なんだろうけど)  熱を追いかけるよう、ビーシュは己の下腹部をそっと撫でた。  鳥のさえずりよりも先に聞こえる「おはよう」と言ってくれる声。     
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