三章 寒空のした

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 退治することはできなくとも、せめて、正体ぐらいは暴けたかもしれない。いまさらの後悔と情けない思いに、苛立ちはましてゆく。  なにより、エリスの態度が腹立たしかった。  騒動を聞きつけ寝所から出てきたエリスは、あっけらかんとした様子で「おもちゃでもいいわよ」と、追い打ちをかける。  小さな頃からともに過ごしてきた、かけがえのない姉の門出だ。できうる限り素晴らしい姿にしたいという思いを、エリスはちっとも理解してくれそうにはない。 「ただの物取りか、それとも妨害か」  エリスが人生で初めて愛を吐露した男が、ニルフの脳裏を過ぎ去って行く。むろん、男はすでにこの世にはいない。  怨念が残っているのだとしても、ティアラを盗めはしないだろう。 「なんにせよ、腹立たしい」  様々な怒りがない交ぜになって、ニルフは手元の壁を叩いた。  男とエリスの結婚を、最後まで反対していたのは、ニルフだった。  互いに互いを愛していても、身分の差を埋めるのは容易ではない。前途は多難だ。  美しく賢い姉が、ただの女に墜ちるのが我慢ならなかった。もっと、別の幸せがあるはずで、レオンハルトとの婚約はまさに最良の選択なのだ。     
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