三章 寒空のした

8/55
前へ
/289ページ
次へ
 あくび混じりに「寝直すわ」と自室から出てこようとしないエリスの、カーテンが掛かったままの窓を一瞥し、ニルフは出かける支度をするために自室へ向かった。  デニスの看病をする母が言うには、ティアラの盗難は内々で処理する方針らしい。  メルビス作の宝飾を手に入れたと知っているのは、今のところエヴァンと売り込みにやってきた宝石商のエーギルだけで、箝口令を敷けば、アーカム家の失態はとりあえず隠せる。  ティアラに払った金額を思うと頭が痛い話ではあるが、それ以上に噂に上るのをデニスは嫌がった。  さすがにおもちゃを代わりにはできないが、ティアラなど選ぶほどにある。デニスは、体面を守る選択を取った。 「このまま、泣き寝入りなんてできない」  弱気な選択をとる両親にも、ニルフは憤っていた。  きちんと親としての責務を果たせなかったから、過ちがおこったのだ。  あの男との間違った恋だってそうだ。ニルフは、唇を噛む。  悲しい結末を迎える前に、すべて終わらせることもできたはずで、今頃はエリスも穏やかに微笑む女性のままでいられたのかもしれない。 「……メルビスの宝飾品を手にれたと、知っている人間は少ない。まずは、エヴァン・ロナードをあたってみるか」  宝飾品の知識は、父ほどはない。  知り合いを頼れる状況ではない以上、探れる相手はエヴァンだけだった。  駄目で元々。     
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

690人が本棚に入れています
本棚に追加