三章 寒空のした

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2  なじみの珈琲店は、エヴァンが宿泊している宿にほど近い大きな通りにある。  真昼に近い時間帯とあって、人通りは多い。  人混みになれていないビーシュは、早朝か夜遅くにしか街に繰り出さないが、珈琲を買うときだけは別で、賑やかな通りおっかなびっくりに歩く。  引き出しから取り出した宝石を換金して、久々に重くなった財布を抱え、年期を感じさせる店構えの珈琲店に入る。 「いらっしゃい、久しぶりだね先生」 「こんにちは、レクトさん。足の調子は……良さそうだね、よかった」  珈琲店の店長をしているレクトは、左足を戦争で亡くした退役軍人だった。ビーシュよりも少し若く、レオンハルトよりは上。男盛りのレクトは、隣に立つ夫人に目配せをして、カウンターから出てきた。  現在、レクトの足を支えている左の義足はビーシュが作ったものではない。が、しゃきっとした背筋と表情は、医者としてはとても喜ばしい姿だ。 「今日は豆を買いに来たのかな? 珈琲を味わいにくるなら、もっと遅い時間だものね」 「ええ、今日は豆を買いに。今朝、切らしてしまって」  レクトは父から継いだ珈琲店の半分でカフェを運営し、残りの半分で自慢の豆を売っている。     
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