三章 寒空のした

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 青灰色の目を細め、サイフォンで珈琲を抽出しているレクトを見やる男は、エフレム・エヴァンジェンス大佐。  レクトの元上官で、レクトを診断した際に知り合った、数少ない同年代の友人だった。  互いに珈琲を愛してやまない性癖であり、偶然、レクトの珈琲店で再会してから、会う約束をするような仲になった。 「ちょうどいいや、エフレムくんのおすすめの豆はどれ?」  珈琲は好きだが、知識のほうはからっきしのビーシュを馬鹿にすることなく、エフレムはぎょっとする値段がつけられた豆を手に取った。 「一番は、やっぱりこれだが……予算がたりないか」  さすがは、貴族。  値段は、とくに見ていないようだ。  普段よりも手持ちはあるが、さすがに高級な豆に手を出すのは躊躇する。 「できれば、こっちの棚の中で」 「なら、これだな」高級豆を棚に戻し、エフレムは右手に持っていた豆をビーシュに差し出した。 「どうした? 恋人でもできたか?」  無精髭のように見えるわずかな顎髭をさすり、エフレムは興味津々といった態度を隠そうともせず、ビーシュに詰めよった。 「まさか、できるわけないでしょ。ぼくはもう……四十二だよ? いまさら……」 「まだ、四十二だ。人を好きだと思う感情に、年齢は関係ない」  おすすめの豆を受け取ると、ずっしりとした重みが両手に掛かった。     
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