三章 寒空のした

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「美味い珈琲を一緒に飲みたいと思える相手ができたってのは、なんにせよ良い出来事だと思うがね。恋人であろうと、友人であろうと」  どうせなら、恋人のほうが面白いが。ほくそえむエフレムに、ビーシュはむっと眉をひそめる。  人ごとだと思って、ずいぶんと言いたい放題の口だ。 「茶化さないで」 「からかっちゃいないさ。潮時なんじゃないかって、思っただけだよ。どんなに背を向けていても、変わり目ってやつはくるもんだ」  黙って立っていれば、誰もエフレムが男娼のまねごとをしていたとは思わないだろう。 「どうして、わかるんだい? ぼくが、がらにもなく浮かれているって」  エフレムに指摘されるまで気づけなかったが、たしかに浮かれ足だった。  久しぶりに、心が軽いのはたしか。  曇天ばかりの人生で、わずかに差し込む日の光に、冷え切った心は焼けるほどの熱を帯びていた。 「楽しそうにしているんだ、勘ぐらないわけがない」  言われるほど、普段の自分は楽しくなさそうだったのか。 「年齢を気にするなら、夜遊びはほどほどにしておいたほうがいい。金で繋がる関係は楽で手っ取り早いのかもしれないが……むなしさを感じているなら、やめるべきだよ」 「……うん」  わかっているとはっきり言えなかったのは、わかっていても、ずるずるとやめられないでいるからだろう。     
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