一章 矢車菊の青い瞳は

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 用がなければ一般人の来ないようなところだ。男は軍の関係者なのだろうが、軍人ではないだろう。争いごとには、小指の先ほども縁がなさそうな温和とも、気弱とも思える雰囲気だ。  いぶかしがるニルフから離れ、レオンハルトは緊張するようぎゅっと握りしめられた男の手をそっと取った。 「落としたせいか、すこし傷が入ってしまっているね。綺麗なのに、残念だ」 「……き、きれい?」  指を一本一本、そっとひろげ、義眼を手のひらにのせて握らせる。ぎゅっと握りしめる姿は、幼い子供のようだ。 「うん、綺麗だった。もしかして、あなたがつくったのかな?」  おずおずと顔を上げた男の、すみれ色の瞳をじいっとのぞき込み、レオンハルトは思っていたよりも年上であることに驚き、ほほえみ返す。 「――っ、あ、ありがとう」  引き絞るような声を残し、男はレオンハルトを突き飛ばす勢いできびすを返して走り去っていった。  軍部の方角、やはり軍の関係者なのだろう。ならば、いつかまた、どこかで会えるかもしれない。 「いったい、なんなんですかあの男。ろくに礼も言わないで。大丈夫ですかレオンさん」  嫌悪をあらわにするニルフに、レオンハルトはまあまあと宥めて、乱れた襟を正した。 「問題ないよ。それよりも、エリスに会いに行こうか。到着が遅れたから、ずいぶんと、待たせているんじゃないかな」     
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