三章 寒空のした

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「その幸せがいつかなくなるとして……幸せでいられますか? ふとしたとき、悲しくなったりはしないですか?」  言っておいて、ビーシュはとても失礼な質問だったと唇を噛んだ。懇意にしてもらっているとはいえ、調子に乗ってはいけない。  仲むつまじい夫婦であっても、離別や死別の可能性はないとは言えない。けれど、だからといって、していい質問ではなかった。  レクトは驚いただけで、とくに気分を害したような様子はなく、逆にビーシュを気遣うよう穏やかに微笑んだ。 「先生。ほんとうに、心の底から愛おしいと思う相手に出会ったら、先のことなんか一切考えられなくなるもんです。心配するだけ、無駄ですよ」  働く夫人の姿を見つめるレクトの視線は、とても優しい。見ているだけで、ビーシュも穏やかな気持ちになれる。  足を失った頃に見せた、絶望的な表情は穏やかな思慕に取り変わっている。喜ばしい変化だ。 「先生は、悲しい出会いばかりされていたんでしょうね。本物か、嘘かがわからなくなるほど、たくさん泣いていたんでしょう」 「そうなのかな? 自分じゃ、よくわからないけれど」  自分よりもずっとずっと、不幸な身の上の子たちはいて、夜の街で体と心を傷つけながらさまよっているのを知っている。 (幸い、ぼくは片足ぐらいは抜け出られたけど)     
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