三章 寒空のした

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 良い暮らしかどうかはわからないが、悪くはないと思いたい。  母は飲んだくれの父を見限り、新しく知り合った男と一緒に蒸発した。だいぶ大人になってから聞いた噂では、帝都を出てたどり着いた寒村で、流行病で死んだようだ。  父は母に捨てられてから真冬の歓楽街で飲んだくれ、あげく、ビーシュが十歳の頃に、娼館の前で凍死していたのを発見された。  らしいといえばらしい最後ではあるが、馬鹿な父親だと恨むことも笑い飛ばすこともできなかった。ビーシュにとっては、悲しい別れだった。  出て行ったっきり帰ってこない父を探しにやってきたビーシュは行き倒れていた父を弔ったのち、父が倒れていた娼館の姐さんたちに拾われた。祖父の存在を突き止めるまでの五年間、生きるための技を彼女たちからたたき込まれた。 「感謝して良いのかわからないけど、エヴァン様やレオン君と会えたのは、宝石のおかげだよね」  宝石商もうなる宝石研磨の技術は、娼館の客として出入りしていた男に教わったものだ。珈琲も彼から教わった。  母を失い、父を失い、天涯孤独になったからこそ得たものもあって、やはり、全部が全部、最悪な人生だったとは言い切れない。 「……奇跡か」 「ビーシュは、何を望むのかな?」     
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