三章 寒空のした

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4  少し遅めのランチを終えたあと、レオンハルトは用事があると貴族の邸宅が建ち並ぶ区画の方へと歩いて行ってしまった。  実家に戻るのかもしれない。 「会う約束、するの忘れちゃった」  珈琲豆の入った袋を抱えるようにして、ビーシュは軍病院へと向かう乗合馬車の停留所へ、とぼとぼと歩いて行く。  きっと、また会える。  会いに来てくれるはずだ。一緒に珈琲を飲みたいと言ってくれた。  せっかく買った豆が無くなる前に、来てくれると良いのだけれど。前を見る余裕も無く、ぐるぐると回る思考に振り回される。悪い癖だ。 「夜まで一緒にいられるなんて、勝手に思っていたぼくがおかしいんだし。がっかりしなくたってまた会えるよ……たぶん。さよならは言っていないしね」  珍しく気落ちしている胸中を、ビーシュは蹴飛ばすように笑った。いつもなら、しかたないと流してしまうのに、今回はやけに諦めが悪い。 「女々しいね、とても」  レオンハルトと交わした約束は、ランチまでだ。  ランチの後の予定までは、決めていなかった。  引き留めていれば、もしかしたら今も一緒に歩いていたかもしれないが、レオンハルトの背中をビーシュは追いかけられなかった。     
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