三章 寒空のした

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 怖かったのかもしれない。  遊びでない付き合いかたをしばらくしてこなかったから、レオンハルトの強すぎる視線を前にすると体がすくむのだ。  ビーシュの本能的なおびえに、レオンハルトは気付いているのか、いないのか。  野生の獣を手なずけるような優しくも、強引な物腰は身を任せるにはとても心地よい。  いっそ、このまま流されてしまえば楽なのかもしれないが、ビーシュは傷つく痛さを知っている。  夢のような日々が夢であるうちは諦めもつく。悪い夢を見たのだと笑い飛ばすこともできるだろう。現実のものとなると、難しい。  ビーシュなりの処世術は、数十年の月日を重ね、柔らかくも分厚い殻を心の内に作り出していた。  一か八か、勝負にでれない。  失敗が、死ぬよりも恐ろしい。  立ち止まって、ビーシュは頬をぱちんと叩いた。  見知らぬ通行人が驚いて振り返るのに、なんでもないと愛想笑いを返してふたたび歩き出す。  光に満ちた世界がとても眩しくて、眩しすぎて体のあちこちが痛い。 「どうして、ぼくは普通に生きられないんだろうね」  涙はとうに、枯れていて。  怒りはすぐさま、諦めに切り替わる。  日々の早さは、いつの間にか鈍く滞っていた。  いつも、置いてゆかれる。     
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