三章 寒空のした

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 重い足を引き摺って、ビーシュはゆっくりと歩き続けた。抱えた珈琲豆が、大岩のように感じる。 「ぼくなんて、そばにいても迷惑でしかないのに」  気まぐれで抱くならば、早くそう言って欲しい。  期待しないで良いぶん、楽になれる。  ビーシュは、乗合馬車の停留所が視界に入ったところで足を止めた。  もういないレオンハルトを探すよう振り返り、背の高い青年と視線が絡み合った。見覚えがあるような気がする。 「――おい」  腹の底からひねり出した苛ついた声音に、ビーシュはたじろいで周囲をきょろきょろ見回した。 「おまえだ、そこの眼鏡のおっさん」 「ぼくが、何か?」  とろとろ歩いていたのが、気にくわなかったのだろうか。だとしても、呼びつけられるいわれはないのだが。  青年は少し間を置いてから、ずんずんと勢いよくビーシュに向かって歩み寄り、胸ぐらをつかんだ。 「おまえ、レオンさんの何なんだ?」  レオンハルトの知り合いだろうか。「喧嘩か?」と騒ぎ出す周囲を一瞥して、青年は「ニルフ・アーカムだ」とビーシュに名乗ってみせた。  乱暴ではあるが、危害を加えるようにはおもえない。むろん、こちらがなにもしないのを前提に考えて、ではあるが。 「ぼくは、ビーシュ・スフォン……」     
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