三章 寒空のした

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5  埃が溜まってたてつけが悪くなっている窓を開けると、冷たい風がするっと入り込んできた。  久しぶりに帰ってきた自宅は、相変わらず古くて辛気くさい。  悪いところを言えばきりのない部屋ではあるが、だからといって、嫌いというわけでもない。  住みにくい部屋ではあったが、ここが無ければビーシュは今、生きてはいなかっただろう。  父と過ごし、祖父と暮らしたころに世話になった大家が変わったくらいで何一つ変わっていない内装は、家具もカーテンも食器類も昔のままだ。変わらないものを見ると、少しだけほっとする。  ろくな記憶もないはずなのに、どうしてだろう。いなくなってしまった、家族の代わりなのかもしれない。  ビーシュはキッチンに立ち、蛇口をひねる。  赤茶けた水をあらかた流し出し、棚から取り出した耐熱硝子のカップに水を入れ、お湯を沸かすためにランプを用意する。  マッチをこすると、焦げた匂いがして灯がともる。薄暗い部屋が、少しだけ暖かくなったような気がした。  父が死んでから購入した珈琲ミルに、エフレムからもらった豆を入れる。     
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